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放浪記
その無軌道な足跡の数々


2001.11.23 西武鉄道安比奈線

西武新宿線南大塚駅は終点本川越の1つ手前の、対面式のホームがあるだけのこじんまりとした駅である。本川越行きのホームの裏手に保守用の車両が停まっている線路がある。これが安比奈線への分岐線である。

安比奈線は、関東大震災の復興のために砂利を入間川から首都圏に運ぶことを目的に大正終りに貨物線として開業している。その後、川砂利の採取が禁じられ、貨物線から旅客線に転じ、今から40年ほど前にひっそりと営業を終えている。しかし路線の免許は返上しておらず、正式には廃止線ではなく現在に至るも休止線である。それをうけてか、線路はもちろん架線もほとんどが撤去されずに残されており、首都圏にしてはかなりめずらしい鉄道遺構となっている。過去に何度か営業再開のウワサが流れたものの、すべて幻となっている。路線長は3.2km。トンネルや大きな橋もなく、ひたすらのどかな田園風景の中を走り、やがて入間川の河原に至る。

南大塚駅のはずれの妙な踏切跡から安比奈線は始まる。道路に埋め込まれた線路の延長上からずいぶんと離れた場所に安比奈線の線路が忽然と始まるのが見える。踏切を移設したらしい。しばらく市街地の家々の裏手を単線のレールが延びている。所々で道路と交差するが、踏切は線路と道路の隙間にアスファルトを流しこんだだけの簡単な処置がされているだけでそのまま放置されている。交通量の多い国道16号との交差点の踏切だけは、きれいに撤去されており新しいアスファルトが目立つ。道路の両側の線路には半ば朽ちた立ち入り禁止の看板が立ち、その傍らには踏切の土台のコンクリートブロックが残っていた。

【南大塚駅ちかくの踏切から安比奈線が始まる】


あっというまに市街地を抜けた。踏切を超えると、線路は5mもない短いガーター橋を越えて田んぼの真中の築堤に向かって真っ直ぐに伸びている。使われなくなって長いため、ガーター橋は傷みがひどい。そもそも人間が渡るようには出来ていないので、あきらめて迂回する。民家の裏手は急激に斜面が落ち込んでおり、橋は結構高い場所にある。落ちたら洒落にならん。

線路に沿った道があるわけでないので、再度線路端に出るまでエラく苦労する。人様の耕地の中をうろうろする羽目に。

道床のレールは全く剥がされていないが、列車が走らなくなって30余年の間にレールの上に土砂が積もり雑草が生い茂り、只の農道のようになっている。路盤は時折民家をかすめるが、ほとんど田んぼの間を真っ直ぐに伸びている。

やがて線路は潅木の茂みに消えた。線路は色づいた木々の間にひっそりと伸びている。その上には紅葉した枯葉が降り積もる。線路の上の空間にはもう列車などは通れなさそうなくらい枝が張り出している。雲一つない青空の下、近くを走る幹線道路の音も遠く、列車が通らなくなって忘れ去られたレールの残る森の中はしんと静まり返り、なにか物悲しげに薄暗い。時代に取り残されたような寂しげな風景だ。線路はこの森を抜けると、入間川の川縁に出る。

【自然に還る】


最近、入間川を越える立派な車道が出来た。これにともない安比奈線が寸断された。南大塚駅からずーっと連続して残っていたレールは、ここで初めて途絶える。その先にはまだ新しい橋台が立ちふさがっている。これではもう営業再開などありえないような感じだ。またしても随分と遠回りをして自動車橋の反対側に廻りこむ。ここから先は完全に河原、である。民家や耕地もほとんど見えなくなり、あたりから生活の気配が全くなくなり、見渡す限り泥に汚れた背丈ほどもある葦や笹が生い茂る。いよいよ探検めいてきた。

橋のたもとに再び現れたレールはしばらくはちょっと開けた場所を川の流れに沿って緩やかなカーブを描いて伸びている。茂る葦の向こうに水道橋やセメント工場が見える。ステンバイミー、と口ずさみたくなるようなのどかな風景。

安比奈駅のあったらしい場所はすでに原野にかえっていた。レールは完全に土砂に埋没しており、全く確認できない。ツタがからみつく架線柱が幾つかあるので、辛うじて下に線路があると知れる程度。架線柱が横に並び、かつてのヤードの広さを偲ばせる。駅のあったと思われる場所はモトクロスの練習場所になっていて、デコボコに荒れており、とても徒歩で入れるような状態ではなかった。練習場への入り口にある架線柱は倒壊し、それがゲートのようになっていた。

資料によると駅の向こうにもさらにレールは延びていたらしい。さらに奥に進む。カンボジアの国道のような荒れ放題の道路を進む。道幅いっぱいに広がる水溜りだのを泥だらけになって進む。右手に流れる入間川の対岸ではバーベキューを楽しむグループが見える。土砂がなにかの拍子で削られたのか、一箇所だけレールが顔を覗かせている場所があった。

それまでポツリポツリと立っていた架線柱がついに見えなくなった。ここが安比奈線のどん詰まりである。さっき越えてきた橋が遠くに霞んで見える。静かだ。あいかわらず廻りに人の気配はない。ここに再び西武の黄色い車両が来る日はあるのだろうか。

【安比奈駅跡】



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