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放浪記
その無軌道な足跡の数々


2000.01.16 落穂拾い

今回はダイジェスト。カメラ持ってくの忘れたし。

18きっぷの使える時期にながらの指定はとれまい、冗談で頼んでみたらあっさりととれてしまった。ながら、1/15、東京〜小田原、9号車2B。

その晩は秋葉で新年会。適当に呑み喰いして、22:00ころ散会。とりあえず東京駅に行ってはみたものの、ながらの出発は23:43。閑だ。呑みついでにラーメンでも啜るか、と思ったが東京駅構内の店は軒並み閉店ずみ。あきらめて東海道本線のホームに出る。本日のながらは全席売り切れ、ながらは小田原まで全席指定、と何度もしつこくアナウンスが流れている。全席発券ずみという割にホームに人影が少ない。

そのうち、電車が入線してくる。乗りこむ。ながらの座席番号1と2は車両の最前部にある4人掛けのボックスシート。ホームの込み具合通り、指定席はガラガラである。なのになぜか私の座ったボックス席近辺だけきっちりと満席。おまけに隣のボックスでオヤジどもが酒盛りをはじめてうるさくて適わん。ガラ空きのペアシートを恨めしく眺めつつ、出発。品川、川崎、横浜と過ぎていくがやっぱり乗客はほとんど乗りこんでこない。

この車両は小田原から全席自由であるので、そのタイミングで空いたシートに移ることにする。小田原の一駅前の国府津で空いている指定座席は、利用者不在確定座席であるので、少々フライングではあるが座席移動。とっとと寝る。なぜか知らぬが小田原で韓国人が大量乗車。車内はハングルが飛び交う異空間に。でも寝る。

翌朝、名古屋。ながら9号車はここで切り離しなので、強制下車。前部車両に雪崩込む大量の韓国人を尻目に関西本線ホームへ。待ち時間35分。早朝のため店もほとんど空いておらず、待合室で惚っとして過ごす。

関西本線は寝まくりでほとんど記憶無し。亀山で14分待ち。加茂8分。奈良0分。なかなか見事な乗り継ぎであるが、トイレに行く程度の閑しかない。

奈良からは桜井線の未乗区間である。あたりは田園風景。あたりに高い建造物がなく、延びたレールが遠くまで見通せる。近鉄の高架が滑り込んでくる桜井駅にて桜井線完乗。

高田。待ち時間8分でJR難波行きの快速が出る。和歌山線から関西本線に入る列車である。大阪近辺は複数路線を経由する非常にややこしい運転があって混乱を誘う。大阪環状線を1回転した後、別の路線へ飛び出す列車があったりして心底訳が分からん。さて、高田〜王寺を乗り潰して和歌山線完乗。このあたりの心残りが無くなって心安くなる。あとはひたすら帰るのみ。

天王寺7分。大阪6分。米原6分。大垣5分。相変わらず、乗り継ぎの効率が良すぎて、昼を過ぎたのに朝飯にすらありつけん。腹減った。

名古屋12分。枇杷島24分。お、ようやく閑らしい閑、と思ったが、名古屋の隣の駅のくせに駅前にコンビニの一軒もありゃしない。駅前のスナック菓子の自販機で買った菓子で腹の虫を紛らわす。これがこの日はじめて口にしたもの。14:30のことであった。

枇杷島からは、第3セクタの東海交通事業の城北線。名古屋の隣の駅から始まる全線高架の鉄道のくせに運転は1時間1本程度。おまけに非電化。妙に長閑である。この路線、貨物のバイパス路線として、岡多線(現愛知環状鉄道)瀬戸市との接続を目指したものの、貨物事情の変化のため途中まで建設しておきながら、ながらく放置されていた貨物路線を旅客に転用した路線である。沿線の開発が進んでいるようなので、電化と中央線との接続がなされれば、ちゃんと利用客がつくだろう。今はこんなにガラガラでも。

城北線の終点、中央線との接続駅、勝川。城北線の高架が途切れている。城北線のホームで降車証明を貰って、歩く。城北線の高架を階段で降りる。そのまま、300mほど両側に鉄柵のある専用通路を進むと、中央線勝川駅のホームに繋がっている。なんとも長いラチ内乗り換えだこと。このあたりの中央線はいずれ高架化されるらしいが、そんな気配は微塵もない。

金山13分。慌しくホームできしめんを啜る。これが今放浪中唯一のまともな飯。

乗り換えの効率の良さはその後も発揮されつづけ、豊橋4分、浜松3分、熱海8分、と、とうとう落ち着いて飯にありつけずに東京まで戻ってきてしまう。

今年一発目の日帰り放浪、以上。

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