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放浪記
その無軌道な足跡の数々


2000.04.20 〜 第三期「関東の駅百選」スタンプラリー
【第一部 右往左往篇】
【第二部 丁々発止篇】
【第三部 臥薪嘗胆篇】(2000.07.01 〜 )
※ タイトルと内容は無関係です。

#18/24 御嶽(JR)
7/1。英会話が終わるのが12:50、友人との待ち合わせが大久保駅に17:00。この条件下で青梅線御嶽駅に到達できるスジがたった1つだけある、と判明したのが6/30深夜。つーことで、出かける。今年の夏は忙しくなりそうなので、早いとこ百選スタンプラリーを終わらせておこうと、去年より5割増の勢いである(去年のこの時期の進捗率は12/25で48%)。まずは東西線の浦安発12:56に飛び乗り、中野で10分待って中央特快、立川で昼飯のぶっかけそばを2分で掻っ込み合計8分待ちで青梅線、青梅駅で12分待って御嶽駅についたのが15:08。青梅線は青梅を超えると奥多摩に向かって右側には山々がすぐそこまで迫り、左側は多摩川の流れまで急峻におちこんだ狭い山肌をへばりつくように走るローカル山線の風情となる。さすがに山深い。梅雨ながらこの日は真夏日で、茹だるような蒸し暑さ。ホームで吸い込んだ山の濃厚な緑の匂いのする空気がねっとりと肺に絡み付く感じがする。駅は御岳山にある御嶽神社を模した社殿のような構えをしていた。御岳山への登山口らしく駅構内には登山の計画の申告を行うスペースがあったりする。登山を終えたばかりの山男山女がぞろぞろと改札を抜けていく。かつては青梅線の終点だったこともあるこの御嶽駅、初詣のときは御嶽神社への参拝客でたいそう混むらしく、初詣用の臨時改札まである。臨時改札へと連なる階段の入り口がチェーンでふさがれてホームの片隅にひっそりとある。15:25の上り列車で折り返し、立川と中野で乗り継ぎ大久保にたどりついたのは16:51のことであった。

【御嶽駅】


#19/24 佐野(JR)
7/15。ぶらぶらり。東武動物公園で伊勢崎線に乗るつもりで日光線に誤乗車(*1)。さらに、発車直後に気が付いて次の杉戸高野台で引き返そうとして、衝動的に下車(*2)。実は素直に日光線に乗って栃木で両毛線に乗り換えるのが次善策。結局*1のミスにより佐野16:00(素直に伊勢崎線で行った場合)到達予定が16:25(日光線から両毛線に回った場合)に。*2のミスにより佐野16:25到達予定が16:44(やっぱり伊勢崎線で行った場合)に。痛恨。

【佐野ラーメン】


#20/24 身延(JR)
7/21。連休の谷間は休みを入れたのだが、なぜか徹夜で仕事の資料作成。午前3:39の震度3の地震にびびりつつ、資料を明け方までに書き殴り仕上げて、そのまま東西線の始発5:11へ。東京、富士と乗換えて身延に到着したが9:44。道中はほとんど寝ており、通勤ラッシュにもしっかり揉まれたハズだが全く記憶になし。車窓から富士山がよく見えたような気もするが・・・ぐう。

【身延山久遠寺最寄駅 身延駅】


#21/24 根府川(JR)
続き。身延にわずか9分滞在してずるずると今朝来たルートを引き返す。12:26着。なお、根府川駅から大阪側に2kmほど進んだ場所には東海道本線の路線変更に伴う廃線があるらしいのだが、どうにも眠いのでパス。ホームの眼前までせまる海がのたりのたり。

【東京に最も近い無人駅 根府川駅】


#22/24 鹿島大野(鹿島臨海鉄道)
8/5。よく晴れた土曜日。なにはともあれゴウ、なのだが・・・。なんとなく考えていた予定では、東北本線を北上し小山から水戸線に入り、下館から益子に寄り道したのち、水戸から鹿島臨海鉄道を南下するルートを考えていたが、真面目にスジを検討すると、意外と時間がかかること(約12時間)が判明。この日は夕刻に予定があったので、素直に2駅同時捺しは諦める。そんなわけであまり気合いの入らない状態で出かけたのであった。旅程も一昨年の暮れに鹿島線を乗り潰したときと全く一緒だし。
東西線、JR、鹿島臨海鉄道と乗り継ぐこと3時間。鹿島大野駅は見事な無人駅で、簡単な待合室があるだけで改札口すらない質素な駅であった。ところで肝心のスタンプが見えない。はて、と台帳の説明を見やると(駅前喫茶店にスタンプ設置)とのこと。探す。捺す。この駅も、駅前に何もなくて(少なくとも喫茶店はあるのだが)次の列車までの時間潰しに往生した。

【鹿島大野駅】



#23/24 下仁田(上信電鉄)
9/15。なんだか随分と間が空いてしまった。何も予定がなかったので、ラストスパートも兼ねて、一気に残り2駅をまとめて訪ねてみるか、と朝方のそのそと出掛ける。東京駅でスーパーホリデーパスを買う。この切符なら、東京から、下仁田駅のある上信電鉄への乗換駅である高崎駅、益子駅のある真岡鐵道(鐵の変換が面倒じゃのう)への乗換駅である下館駅と回るだけで十分に元が取れてしまう。天邪鬼に、東京(東北本線)大宮(高崎線)高崎(両毛線)小山(水戸線)下館の片道乗車券を作って途中下車する、という手もあるが結局高くつくので止める。祝日の朝だというのに平日の朝並みに東京駅はごった返していた。デカい旅行カバンを下げたグループも多い。残暑さめやらぬままに行楽の秋到来といったところか。上野から湘南色の快速アーバンに乗り込み、寝る。体感時間数分で気が付けば高崎である。便利な体質である。高崎駅0番ホームから出ている上信電鉄は、妙義・荒船・佐久高国定公園の登山口として今から一世紀以上前に開通した由緒正しい路線。途中までは長閑な田んぼの中をのんびり進むが、終点あたりになると突然山線の様相を呈し、切り立った崖の上を鏑川をはるか下に眺めながら下仁田駅に滑り込む。

【下仁田駅】


#24/24 益子(真岡鐵道)
同日。上信電鉄を折り返し、高崎でそばを手繰って、今度は両毛線で小山を目指す。おなじく、ぐうと寝入って気がつけば終点小山である。電車の単調な揺れのせいか知らんが電車の中では幾らでも寝れてしまう。謎だ。小山駅のだだっ広い構内を横切り、水戸線に乗り換え、今度は寝入らないように気をつけながら下館駅へ。真岡鐵道と関東鉄道とJRの3路線の合流する、水戸線内では小山に次いで利用客の多い駅なのだとか。そんな事実とは裏腹に、祝日の昼下がり、利用客はのきなみ学校帰りの高校生くらいしか居らずなんとものんびりとした雰囲気である。真岡鐵道の全身は国鉄真岡線。かつては上野までの直通列車が走り、通勤客に好評だったともいうが、路線が茨城県と栃木県にまたがることによる経営の難しさ、路線延長計画の中座などにより、関東地方でたった3路線(あとは足尾線(現わたらせ渓谷鉄道)と木原線(現いすみ鉄道))しかなかった国鉄再建法の廃止対象路線となった。昭和63年に三セク化されると、SLを毎日運行により有名になった。途中でSLとすれ違う。C12-66。なんというか、やかましい乗り物だ。横川の釜飯の入れ物の益子焼で有名な益子駅にたどり着くころには、日も傾き、すっかり秋めいた風が涼しい。スタンプにはちょっとした行列ができていた。同好の士がこんなにいたとは意外であった。捺す。ふう。これにて第3期関東の駅100選スタンプラリーは終了である。しかし真岡駅の駅舎は斬新というか、すごい建物だな、アレ。

【益子駅】


のこるは認定式
関東の駅100選は1期から3期までで75駅が選出された。4期の残り25駅も当然・・・。
いいんだよ、いまさら引っ込みつかんのだから。

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